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「橘化して枳となる」の意味と語源

橘化して枳となる(たちばなかしてからたちとなる)

「橘化して枳となる」の意味

境遇によって人の性質が変わることのたとえ。

「橘化して枳となる」の語源・由来

「橘化して枳となる」の語源は、「晏子春秋」内篇にある、次のような故事が由来になっています。

斉(せい)の国に、晏嬰(あんえい)という人がいました。

彼は非凡な才能の持ち主で、そのことは、諸国にも広く知れ渡っていました。

ある時、晏嬰が楚に使者として来ることになったので、楚王は晏嬰をやり込めてやろうと考えました。

そして、家臣のうちの一人を斉の人に見立て、彼が盗みをしたことにして縛り、晏嬰の前を歩かせることにしたのです。

それから間もなくして、晏嬰が楚にやってきました。

歓迎の宴が盛り上がってきたところで、打ち合わせどおり、家臣が男を縛って晏嬰のそばを通り過ぎました。

楚王は、家臣に向かって「その男は誰だ。」と言いました。

家臣は「斉人です。」と答えました。

続けて楚王は「何をしたのだ」と尋ねました。

家臣は「盗みを働いたのです。」と答えました。

楚王は晏嬰の方を見て、「斉人は盗みがうまいですね。」と言いました。

これを受けて晏嬰が答えました。

「聞いたところによると、橘(たちばな)という木は、江南に植えれば橘ですが、江北に植えると枳(からたち)となります。
葉の形はよく似ていますが、実の味は全く違うのです。
どうしてでしょうか。
それは、水と土が違うからです。
これと同じで、この斉の者は斉では盗みをしないのに、楚に来たから盗みをするようになったのです。
これは、楚の水と土がその者に盗みをさせたということでしょう。」

楚王は晏嬰をやり込めようと思いましたが、逆に晏嬰にやり込められてしまったのでした。


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